先輩へのインタビュー

佐藤秀樹
広島大学1973年卒

1973年私は医学部を卒業しました。大学紛争を経験し、医療・医学と社会・政治などとの関係を考えるようになり、大学の医局に残らずに直接第一線の現場で学ぼうと思っていました。偶々、書店にて「医療を民衆の手に」(津川武一著・民衆社)というタイトルに惹かれて購入したところ、津軽の農民と共に医療実践を形作っていく運動が感動的に書かれていて感銘を受け、津軽保健生協・健生病院に行ってみようと思い至りました。そこで民医連運動や医療生活協同組合の運営の在り方なども学ぶことができました。青年医師の仲間たちと民主的集団医療を追究し、実践的に学んでいきました。その後、生家の事情で大分に帰ることになり、当時民医連直接加盟であった親生会津留診療所に勤めることになり、大分健生病院建設へとつながって行きました。病院開設にあたっては、津軽で学んだ消化器内視鏡検査とリハビリテーション医療が大いに役立ちました。また、青森県民医連の理事として経験したことは、医療全体をみていく上で貴重な財産でした。医療生協の組合員と共に歩む、健康づくり・医療活動も更に進化を遂げつつ継続しています。資本主義が制度的に行き詰まってしまった時代にあって、生活協同組合運動は今後もますます重要な歴史的発展を期待されています。

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